今日は長崎、11:02ですね。
長崎の場合は私の生まれ故郷ですから、
特に思いがあります。
その自分の思いも年齢とともに変化しています。
子供の頃(小学生くらい)までは、
まだまだ、原爆で焼け爛れた被災者の方が多く生きていらっしゃいました。
街角や裏通りでよくすれ違いましたし、
多くの方は、傷を隠して生活しておられましたが
正直、「怖い」と子供目線で思ってしまっていました。
今思えば、当時自分が怖いと思ってしまったことに罪を感じています。
青春時代は「人殺しのアメリカ!」
ZZTOPやブルーススプリングスティーン聴きながら
「日本も核爆弾をたくさん作って、アメリカ本土に落としてやれ!」
というふうに訳もわからず意気込んでおりました。
今は少し違っていて、クールに感じています。
(変わらぬ日常を一瞬で奪われた犠牲者の方々の気持ちを考えると、
親であり家族を持った今は「文字や言葉で表現できない、心臓を素手で抉られるような、、」
恐ろしい感情が湧いてきて言葉のかけようもない気持ちですが)
⭕️もっと恐ろしいのは、
日本政府が原爆を積んだB29が長崎に向かっていることを投下前に知っていたということです。
もうなくなりましたが、私の叔父さんの馬場さんが零戦の整備を当時されてたんですが、
大村空港からB29を目視で確認、政府に電報送りまくったんです。
「当該機、、目視確認、撃墜命令を待つ」と送ったそうです。
零戦はエンジンをかけて待機していました。
国からは、原爆が落ちるまで(落ちた後でも)一切連絡がなかったそうです。
馬場さんは最近お亡くなりになる直前まで喚き叫ぶほど悔やんでおられました。
国を無視して撃墜していれば、私のご先祖や親族を含む数十万人が死なないで済んだ!
情報は無視されました!
数十万人が亡くなられました。

今日は11:06違う観点でその時間を迎えます。
恐ろしいことですが、アメリカのやり方です。
ロシアや中国に戦後の日本を分割する案は決まっていたそうですが、
将来の東西冷戦に勝つために原爆を大急ぎで開発し、
これでもか!これでもか!!
日本が観念するまで市民殺戮を続けるという戦略。
結果、とんでもない市民の犠牲を踏み台にして、今の民主主義風な日本になった。
民主主義風、民主主義のふり、
これが地球上の現実。
そんな中で私たちは生かされています。
⭕️みなさん自身はどうですか?
であれば、11:55
だから 11:55
皆様ご自身の闘いです。
私も同じ。
11:55
11:55
すでに情報は発信されています。
情報を見逃したり、無視したり、→命取りです。
上昇学の戦略は、これでもか!これでもか!
今できることは何か!
どうやったらみんなの底上げができるか?
1分単位で進化しています。
新たな事が発信され、その多くが今の状態上昇に連動しています。
後で私に聞かれても、その瞬間に判断するので絶対に思い出せません。
自分で情報掴み、生かしてください。
11:55
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