お元気様です。
最近「リスク」というお題を拝して毎日考えてました。
恥ずかしながら、リスクという事に対して、ようやくですが、
もっともっと大きな事実に辿り着きましたので、シェアします。
全ての生物が必ず「死にます」
この世から消え去ります。
このリスクは絶対に回避不可能。
あなたも死にます。
私も死にます。
「死」は年齢とともに近づいてきます。
子供の頃は「死」なんて単語すら思いつかないくらいに意識してなかった。
青年になって初めて友達の死を体験するが、自分が死ぬ事については遠い先のことだと思う。
中年になると「このまま死ねない」と思って毎年人間ドックに通い出す。この時はリスクに中心に「死」を据えている。
私が現在59歳ですが、この「死」というリスクを真面目に考えた結果、
20年前に立ち上げた会社を3年前に解散し、残っている時間をもっと自分のやりたいことをやる為に使おうと決めた。(現在とても楽しいし、あとは自分の活動資金を育てたらもっと楽しめる)
最後に老人になったらどう捉えるのか考えた。
数年ぶりに母と会えた時に、おどけた姿が面白くて撮影した動画を見ていて「すごい事に気がついた!」
私の母は、この10月で89歳、来年90歳になる。
毎日3時間は歩いていて、めちゃくちゃ元気。
天然な要素も持ち合わせており、
「また役所から請求書が来た!わたしゃ役所からは何も買っとらんのに!」
と毎年騒ぐ。
「母よ、それは税金というものだ😃」
老人である母の最大のリスクは間も無く訪れるであろう「死」であり、死を先延ばしするために毎日3時間必ず歩いているのだと思っていた。
違ったのである。
母の最大のリスクは「病気や怪我で私ら子供に迷惑をかけること」だと思っている事に気がついた。(ようやく)
なので「死は3の次」くらいの位置付けで、なんとも思っていないらしい。
逆に言えば、
早くお父さん(亡くなった父)のところに行きたい。
子供の足手纏いになるくらいならスパッと消えたい。
とさえも考えているようだ。
死にたくない(リスクから逃げたい)のではなく、絶対的な「死」というリスクを許容し超越し、その時ギリギリ直前まで運動し、音楽で楽しみ、
「精一杯元気に生きてスパッと死ぬ」覚悟を実践している。
なんということだ。
私らの年代が抱える小さなリスクなんざリスクと呼べなくなってしまったではないか!
さてさて、
皆様のご両親についても今一度思いを馳せてはいかがでしょう。
私らのできることは
「産んでくれた両親に対し、恥ずかしくない毎日を前向きに明るく楽しめているかどうか?」

😄
コメントを残す