お元気様です。
「やりたい事」
というお題をいただきましたから、直近でやりたいことを述べます。
と言いますか、現在進行系です。
私の性分としまして、
やりたいと思ったらすぐ直ちに開始するものですから、
やりたい事と問われた場合はいつも現在進行形になりがちです。
ということで、
やりたい事=私がこういう世界を作るという目指す結果
というふうにお題を捉えまして発信します。
私の目指す世界は
自立型の分散型社会です。
40代の頃はエネルギーの地産地消、小規模分散型の木質固形燃料工場を
めっちゃコンパクトに設計し直し、コンテナに積んで運べるようにしました。
そして
全国各地の作業所などで地域のペレット燃料が作れるようにに日本中奔走し、技術供与してきました。
燃料を作っても、燃焼機器が無いと地域でお金と地域エネルギーが循環しません。
ですから、燃焼機器も独自に開発して国内に延2万5千台普及しました。
この地産地消エネルギーの小規模拡散化については20年来取り組んできましたから、とてもとてもお話が長くなり1ヶ月毎日ブログ書いても書ききれませんので、今日は「何をやりたいか=目指す結果」のみのお話をします。
なんでこんなことを(地産地消エネルギーの小規模拡散化)
実はこの単語も私が作った造語です。今ではみなさんが使ってくれています。
きっかけは30台半ばで気がついた大手会社や国による労働搾取。
下請けの下請けの股下うけ、、、、という構図で、地域の人的資源を都会の会社が搾取しまくる現場で実態を体験しました。
現場で戦うのは地域の若者、事故を起こし怪我をしたり死ぬのも地域の若者、
実際に事故が起これば責任を咎められるのも地域の下請け会社、都会の青っちろい一見頭が良さそうなふりをするカスみたいなサラリーマンに数年間も労働搾取され、ピンハネされてきた事実を経験し目の当たりにし、38歳で全ての活動を停止しました。
当時は上手に表現できませんでしたが、今では表現できます。
「中央集権の横暴から抜け出さなければ!」
都会では汚染したりリスクがある施設を田舎に作ってしまえという都会の発想。
都会からのお金に甘んじて、勉強も努力もしないし戦おうともしない田舎者の集まり。
どちらも反吐が出るくらい私は大嫌いです。
新潟での水害を機に発生した流木の処理をする中で気が付いたのが、
エネルギーの地産地消、小規模拡散型のエネルギー需給。
少なくとも新潟は食料とエネルギーで自立し、国家に道州制を導入してマジで腐った日本の中央支配から独立しようと20年戦いました。
戦いを始めたのは38歳からです。
しかし戦い始めの早いうちに組織をバイアウトし、中規模の資本が入ってくることで会社は大きくなってしまいました。
最初は燃焼機器を安く普及できると喜んでおりましたが(事実上日本一ペレットストーブを販売していました)数年活動するほどに気が付いてきました。
自分の会社が管理型中央集権的仕組みのおかげで機動力や開発能力を失っていたことと、もっとショックだったのは、お客さんである一般の方々の考え方が本当におかしい。という真実に気がついてしまいました。
311の被災地では中央集権の権化、電力会社、石油会社の流通が寸断されてお亡くなりになった方の8%の方々が凍死という誠に悲しい現実、当時お元気だった「教授」のお声かけで中央集権と戦いました。
これもマジで本気で戦いましたよ。

(写真の拡散、使用はおやめください。権利はMore Treesの所有です)
当時仮設工業会に入っていなかった(大手プレハブ会社しか入れなかった)角田町の木造仮設住宅(写真)震災前から開発は終わっていて直ちに量産可能な状態だったのに、国や県は1円も金を出さない。数百人の被災者が陸前高田から住田町に逃げてきているのに!
写真右の住田町長は机をひっくり返す勢いで金を出さない国や県の職員に怒鳴りつけていました。
真ん中の教授が世界から支援金を集め、自力で数百個の木造仮設住宅を建てました。
私の役目はその暖房です。
教授からの依頼で、「また地震が来て大手の石油会社や電力が寸断されても寒さで人が死なないように地域の燃料であるペレットが使える小型のストーブを2ヶ月で開発して欲しい」とのこと。(写真真ん中のストーブ)
やり遂げまして、その年の冬前に全部の仮設住宅に設置間に合いました。
これだけ一生懸命やっても、、、、、、
おそらく、ほとんどの一般の方々は全部忘れてしまって、災害時に寸断される大手企業の中央集権のエネルギーを好むのです。
一般の人々はすでに全てを忘れています。
災害だからしょうがない、電力さんも全力でやってるから、石油も道路が寸断されてるからしょうがない、、、そんなことでご年配の方から寒さで亡くなっていくのは見過ごせない。
また災害が来ればまた同じ結果に必ずなります。
今のままだと、必ず寒さで凍死者が何万人も発生します。
私311の発生する10年前からも同じこと伝えていましたのに。残念。
「人々の思考が汚染教育から解放されなければ何も変わらない」
ということで4年前でしたかな、全部をやめました。
全部をやめて気が付いたら、知的障がいのみんなが変わらず待っていてくれました。(20年以上前から福祉作業所の理事もさせてもらってます)
私思いますに、彼らの方がよっぽどしっかりしておられて、
「自立しよう」「心配かけないようにしよう」「後輩に良い仕事を残そう」
彼ら本気で毎日そう思い、それを目標に活動しておられます。
いやはや、まいった。
人が生きるという本質がこの福祉作業所のみんなの心にあった。
気がつくべき大事なことは足元にあるんですねえ。
そこからですね。
なんとか個人の力をつけてまともな思考で付き合える、
一人一人が自立したコミュニティーをつくらなければ。
と思うようになりました。
ということでながーーいお話の80億分の1くらい語りましたが😆、
要するに今やりたい事、やっていることは以下です。
キッチンカーを活用する自立し、DAOな行動ができるリーダーを日本中に100人にする。
このネットワークを早急に作るのが私の使命です。
問屋のない市場をキッチンカーで作り出し後世に伝えます。
過去にご案内ようの動画を作りましたのでご参照ください。
私のやりたいこと、伝えたいことが8分にまとまっています。
↓
https://youtu.be/EY31fWOqYtc?si=c-641pv9lzYdLR0H
では!
今日も一日楽しみましょう!
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